解体した現場から出た銅線を軽トラに積んで、いつもの業者に持っていく。顔パス、現金、紙は一枚も書かない。長年そうやってきた社長は、この夏、勝手が変わったことに気づいたはずです。2026年6月1日、金属盗対策法が全面施行され、銅を主とする金属くずの取引に本人確認と記録の保存が義務づけられました。しかも、すでに営業している買受業者の届出期限は、8月31日です。
背景にあるのは、現場を荒らす金属泥棒の急増です。警察庁によれば、令和6年の金属盗の被害額は約140億円。窃盗全体の被害額 約789.3億円のうち、およそ2割を金属だけで占めています。令和5年の内訳では、金属ケーブルが約109億8,100万円で全体の約8割、材質別では銅が約97億7,900万円で約7割。報道は太陽光発電所のケーブルが中心ですが、狙われているのは同じです。工事現場の資材置場、夜間の作業ヤード、置きっぱなしの重機と工具。自動車盗の認知件数でも埼玉県は長く全国上位に並んでおり、盗まれたものが流れやすい土地に、我々は仕事場を構えているという現実があります。
売る側にも、買う側にも「紙」が要る時代
新しい法律の中身は大きく二つです。ひとつは犯行用具の規制で、2025年9月1日から、業務その他正当な理由なく、一定の長さや機構を持つケーブルカッター・ボルトクリッパーを隠して携帯することが禁止されました。もうひとつが本丸で、2026年6月1日から、銅を主として構成される「特定金属くず」を買い受ける営業には、営業所を管轄する警察署(生活安全課)への届出が義務づけられています。買受けのたびに相手方の本人確認を行い、本人確認記録と取引記録をそれぞれ3年間保存しなければなりません。
社長がやることは、三つです。
①自社が「買う側」に回っていないか点検する。解体や設備で、他社や職人から金属くずを買い取っているなら届出の対象です。施行日時点ですでに営業している場合、埼玉県警は令和8年8月31日までの届出を求めています。残り時間は多くありません。営業所の平面図、保管場所の平面図、周囲の略図、住民票の写し(法人は代表者分)、定款のコピーと登記事項証明書。書類を今日そろえ始めてください。
②「売る側」なら、身分証を出せる体制にする。これからは、スクラップを持ち込むたびに運転免許証やマイナンバーカードの提示を求められます。法人取引では登記事項証明書や印鑑登録証明書も必要です。ドライバーや職人が現場から直行しても止まらないよう、写しを事務所と車両に常備しておく。「担当者が身分証を持っていなくて買い取ってもらえなかった」は、そのまま半日の損です。
③そもそも盗られない側に回る。資材置場の銅線・ケーブル・工具は、種類と数量を紙一枚で管理する。施錠できる場所は必ず施錠し、鍵を持つ人間を決める。夜間はセンサーライトかカメラを一台。足場も解体も土木も運送も、結局いちばん高くつくのは「置きっぱなし」です。
記録が残る側に、立っておく
面倒が増えた、というのが正直なところでしょう。ただ裏を返せば、盗んだ銅を現金化するルートが細くなったということでもあります。まっとうに汗をかいて稼いでいる会社ほど、記録の残る取引に有利が回ってくる。書類を整えるのは、盗まれない会社になるための投資です。
今日、事務所を出る前に一つだけ。資材置場の鍵を、いま誰が持っていますか。そこから始めれば十分です。
出典:警察庁「金属盗対策」(https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/scrap/scrap.html)/埼玉県警察「盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律【特定金属くず買受業に係る措置】」(https://www.police.pref.saitama.lg.jp/c0050/20260515.html)